流しそうめんの流す意味がわからない日本人がやたら好む「流しそうめん」だが、正直、普通に食べたほうがおいしいのではないだろうか。そもそも、そうめんを流す意味がわからないし、流されるそうめんの気持ちを考えると、心が居た堪れなくなる。
不理解把细面条流于流水的用意日本人盲目喜欢“流水挂面”,难道就按普通的方式吃味道不好吗?说来还是不理解把细面条在流水中过一遍的用意,而且一想到被流水冲过的挂面就不能忍受。
サンマをきれいに食べるとすごいという暗黙の了解焼魚を骨だけ残してきれいに食べることができる人は人間としてきちんとしている人で、きれいに食べられない人はだらしがない人と判断される暗黙の判断基準。この理不尽な基準だけはどうしても納得することができない。なぜ、魚が基準なんだ?日本人の魚好きにもほどがある。
把秋刀鱼干净吃完的人被认为很厉害能把烤鱼吃得只剩鱼骨的人被认为很踏实,而不能做到的人则被认为很散漫,这是不成文的判断标准。我如何都无法接受这种毫无道理的判断标准。为什么拿鱼做基准?日本人喜欢吃鱼也要有限度。
食中毒になってまでなぜ牡蠣を生で食べるのか?
毎年のように起こる魚貝類の生食による食中毒。日本人はなぜこうまでして、同じ過ちを繰り返すのか。魚や貝の生食さえやめれば、食中毒になる危険性が大幅に少なくなるのに。日本人は不思議な生き物である。
为什么即使食物中毒都还要生吃牡蛎?
因生吃鱼贝引起的食物中毒几乎每年都会发生。只要不生吃鱼贝,就能大幅降低食物中毒的危险,但为什么即使如此仍在重复同样的错误?日本人真是不可思议的生物。
そこまでして餅を食べる意味がわからない毎年、正月シーズンになると、必ず頻発するのが、「餅を喉に詰まらせて死亡する事故」。被害者の大部分は体の弱いお年寄りなのだが、何故そんなリスキーな食べ物をわざわざ日本人は食べるのだろうか。日本人は命懸けで餅を食べる。
不知道他们为什么喜欢吃年糕到如此地步每年新年必定频繁发生的就是“因被年糕噎到造成的死亡事故”。受害者大部分是体质较弱的老年人,为什么要特意吃那么滑的食物呢?日本人是在舍命吃年糕。
スイカ割りで割ったスイカって汚くない?
スイカ割りも日本人が好きな風習のひとつだが、棒でスイカを割るだけの行為のどこがおもしろいのだろうか。そもそも、周囲に飛び散ったスイカを食べて衛生上大丈夫なの?
在“砸西瓜”游戏中被打碎的西瓜不脏吗?
“砸西瓜”也是日本人喜欢的习俗之一。用棍棒砸西瓜有什么好玩的?说起来,吃那被砸得到处乱飞的西瓜卫生吗?
おせち料理ってまずくない?
1年に一度しか食べないという事実からもわかるように、おそらく日本人のほとんどがおせち料理をうまいと思っていない。もし、本当にうまいと思っているのなら、別に正月に限らず、毎日のように食べていることだろう。
新年料理不难吃吗?
从一年仅吃一次这个事实也能看得出来,恐怕大部分日本人都不认为新年料理好吃。如果觉得可口,肯定不止在新年,每天都会吃的吧?
★豆知識:
小知识:
流しそうめん:竹製のウォータースライダーを使って素麺を流し、箸で捕まえてめんつゆ等に付けて食べる。夏の風物詩とされている。素麺流しとも言う。宮崎県高千穂が、発祥の地とされている。
流水挂面:把细面条从辟开的流着溪水或凉水的竹筒的上端流下,用筷子在竹筒的下方接住沾上汁吃。被作为夏季具代表性的做法。也叫做挂面流水。据说宫崎县高千穗是其发源地。
スイカ割り:スイカ割り(すいかわり)とは、用意したスイカの果実を、目隠しをした人が周囲の声だけを頼りに割る遊びである。一般的には海水浴場などの砂浜で行われることが多いが、保育園?幼稚園の園庭や、各種イベント会場などでも行われる。スイカ割りは、日本の夏の風物詩である。割った後のスイカは食べるのが普通だが、砂浜で割るとスイカの断面に砂が付着して、食べるには適さない状態になる事が多いことから、スイカの下にいわゆるレジャーシートや段ボールなどを敷いて行うことが多い。
砸西瓜:所说的「スイカ割り」(suikawari)是指人们蒙上眼睛,只依靠周围的声音砸开准备好的西瓜的游戏。这种游戏一般在海水浴场等海滩上进行,但有时也会在保育园、幼儿园的庭院里,以及各种文娱活动会场举行。砸西瓜游戏是日本夏季具代表性的活动。一般被打碎的西瓜是要吃掉的,但因为要在沙滩上砸,西瓜的断面沾上沙子就不能吃了,所以多会在西瓜下垫上薄板和纸板。